1970年代後半
その頃の当店は、地元の庄内青果市場に出荷される山菜を、
ほとんど買い占める存在になっていた・・・ (青果市場への出荷じゃなく買う方ね)
先代が、その市場の山菜担当者に「行者にんにく」を紹介したことから始まる。
その担当者は、
同種であり、別名「ヒトビロ」が多く自生している北海道から種を取り寄せ、
「行者にんにくの名の由来となった山形県羽黒町」の農家に依頼して栽培を始めた。
しかし、なかなか売り物になるような「行者にんにく」は、生えてこない。
種を蒔いてから3年後・・・
「行者にんにく」を紹介した先代がすでに亡くなり、
「行者にんにく」のことなんか忘れかけていた頃、
沸いたように収穫されだしたから、さあ大変!
誰も食べ方なんか知らない、にんにくのように臭くて得体の知れない物が、
100g束で、1,000束〜2,000束も毎日当店に運びこまれたのでした。
あの頃は、勢いがありましたねぇ、それでもどんどん売れてましたから。
その後、何年か続きましたが、種を蒔いてから出荷できるようになるまで
数年かかることや、毎年続けて収穫できないことなど、
年数や手間がかかる割に思ったほど高く売れなかったことが影響して、
栽培品は一時期消えてしまいます。
当店では、
自生している天然物に切り替えて、細々と売り続けて来ましたが、
全国的な山菜ブームになったことで、「行者にんにく」も注目を浴び、
いたるところで栽培されるようになってきたようです。
それにしても、「幻の山菜」と呼ばれていたのには、ちょっとびっくり!
「幻の山菜」として、注目を浴びたことにより、
元祖・山形県庄内産の天然物は、乱獲によって絶滅の危機に瀕しています。
当店では、山菜の栽培は認めていないのですが、
元々、大量流通するキッカケが栽培品だったこともあり、
乱獲を防ぐためにも、自然栽培に限り認めている商品でもあります。
※自然栽培: 種や苗を条件の良い山に植え、肥料や農薬を一切使わず、
出来る限り人が介入しないよう、自然に任せた栽培方法。